アリエノール・ダキテーヌ Aliénor d'Aquitaine
今日は、自分の住んでいる地方の有名人について
書いてみようかと思います。
アリエノール・ダキテーヌという名前は聞いたことありませんか?
英語ではエレノア・オブ・ アクイテインと呼ばれています。
歴史上の人物をちょっとでも知っていると、関連する場所を
訪れたいという興味がわきますね。
アリエノールという女性は中世盛期のヨーロッパにおいて、
最強・セレブな女性。 すごいな・・・。
アキテーヌ(ボルドーあたり)でアリエノールは成長し、そこは
宮廷愛、音楽、文学など南仏文化の中心地でした。
彼女もたかい教育を受けていました。
弟のギヨームが1130年に早世したので、アキテーヌ公領、
ガスコーニュ公領、ポワチエ公領など(ニオールも含む)の
フランスの3分の1近くを支配することになったのです。
そして、スーパーリッチになったアリエノールはその土地とともに、
フランスのルイ7世と結婚させられました。アリエノールはまだ
15歳でした。 2人の間には、マリー、アリックスという娘2人が
生まれました。
しかしこの結婚も上手くいかず、男の子が生まれないのもあって、
1152年に離婚ということになりました。
離婚したときに「王と結婚したと思ったら、僧侶だった」と言ったそうです。
しかも
離婚してわずか2ヵ月後、
彼女は11歳年下のアンジュー伯、ノルマンディー公アンリと再婚。![]()
そして、なんと!!!
夫のアンリがイングランド王を継承してヘンリー2世に!!!![]()
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その後14年間に息子5人と、娘3人を出産!
でもそのせいで、フランス国土の半分がイングランド領となってしまうのです・・・
夫が王になったのも良いですが、、、愛人ができてしまって
私の住んでいるニオールから北に1時間ぐらいしたところにある
ポワチエのお城で別居生活をすることになります。
とは言っても、楽しむことを忘れない彼女は吟遊詩人や騎士が
彼女のもとへ集い華やかな宮廷文化が開花しました。
その後いろいろ政治的な陰謀を企て、ヘンリー2世(夫)に捕らえられ、
15年間もイングランドのソールズベリーに監禁・・・
息子のリチャードを支持し、夫の死去、やっと開放されました。
その後も摂政としてアンジュー帝国を統治。
すごいバイタリティーですねー。
80歳を超える長寿を全うしました。
2つの国の王妃となった女性。
あっぱれです。
ニオールには12世紀後半にヘンリー2世が建てた
ドンジョン(城砦)があります。